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「ウォーレン・バフェットはこうして最初の1億ドルを稼いだ――若き日のバフェットに学ぶ最強の投資哲学」グレン・アーノルド著 岩本正明訳 ダイヤモンド社
本(注:上の画像をクリックするとアマゾンに飛びます)の著者はサルフォード大学経済学部元教授(投資・金融学)です。
この本の特徴的なところは、バフェットの投資家としての誕生から黎明期を中心に描いているところです。
資産額でいうと11歳の120ドルのころから、38歳で一度引退を真剣に考えるようになった資産額一億ドルのころまでの27年間の時代です。
この本はほかの本にありがちなバフェットの成功体験ばかりを描いたものではなく、どちらかというと失敗案件を印象的に取り上げています。
バフェットらしくない投資判断の誤り、若気の至りとしか言いようのない感情にまかせた投資、そんな投資案件を詳述しています。
著者によれば、バフェットの富と哲学に最も影響を与えた投資案件だけを取り上げているのです。
この本を読んで、バフェットでさえこれだけ失敗するのだからと勇気づけられる個人投資家さんもおられると思います。
逆に、バフェットでさえこれだけの失敗をしているのであれば、普通の人が投資の世界に入れば失敗の連続を覚悟しなければいけないということかもしれません笑。
この本はほかの本では触れられているようなバフェットの私生活についてはほとんど扱っていません。
ほとんどが投資案件の個別具体的な紹介です。それにもかかわらずバフェットの人となりや苦悩、そして哲学が伝わってくる刺激的な本だと思います。
バフェットの真骨頂、バリュー投資とは
ここでバフェットが信条としているバリュー投資といわれる投資手法の考え方について簡単におさらいしておきます。
この投資法はベンジャミン・グレアムというユダヤ人投資家によって開発、紹介されました。彼の著書は「証券分析」で、その簡易版がバフェットが学生時代に読んだ「賢明なる投資家」です。
この本が生まれたきっかけは1929年のNY市場株価大暴落です。この株式市場の大暴落をきっかけに世界的恐慌が始まります。
そしてグレアム自身はそれまでも慎重な投資家だったのですが、この大暴落によって株式資産の7割を失ったといいます。
そして深い反省と教訓のもとに導き出された投資手法が、今でも信奉者がたくさんいるバリュー投資学派なのです。
その特徴は次の三つにまとめられます。
- 投資する会社への詳細な調査と分析
- 元本の安全性/安全性マージンをとる
- 満足できるリターンを目指す
一つ目、バフェットのようなバリュー投資家は投資対象となる企業の分析に余念がありません。
現在の負債と資産の状況、顧客からの評判はどうか、競争相手はどれくらい手強いか、経営者は有能か。
まず定量的な分析で投資していい企業してはならない企業をスクリーニングします。そのあと選抜された企業の定性的な評価にすすみます。
そして入念な調査と期待をクリアした企業のみ投資の対象になるのです。
二つ目の安全性マージンをとるというのは、リスクを過小評価することなく、リスクに対して十分な防波堤を築いておくことになります。
株式を取得した価格と、当該企業の本質的価値の間に十分な開き=マージンが存在するときのみ投資を行うということになります。
三つ目の満足すべきリターンを目指すというのは、強欲なリターンを狙って過度なリスクをとらないようにほどほどのリターンを考えるべきという戒めの言葉です。
強欲さは手痛いしっぺ返しを受けることになるというのがバフェットの信条でもあります。
この三つの教えをバフェットはグレアムから学び、終生の投資哲学にしたのです。
企業の本来的価値=Valueを投資の基礎にすることからバリュー投資法は生まれたのです。グレアムはいいます。
分析とは事実に裏付けられた価値を主な対象としており、期待に大きく左右される価値を対象とはしない。
市場の熱狂や悲観にまどわされず、とにかく企業の本質的価値の評価に集中することが大切です。
このためバリュー投資学派では過去の数字を重視します。
将来の期待を織り込んだ株価よりも、過去の実績である財務諸表やP/Lを重視するのです。
バフェットも彼らしい比喩でこういってます。
In the business world, the rearview mirror is always clearer than the windshield.
ビジネスの世界では、フロントガラスよりバックミラーのほうがよくみえるものだ。
バフェットが経営者の資質を重視するわけ
この本ではバフェットと買収した企業の経営者との良好な人間関係の内容がよく出てきます。
バフェットの最大の能力は膨大な企業情報を読みこみ、独特の嗅覚で有望企業を探り出すことです。
活動時間のほとんどをこの業務に費やします。
なので買収した企業の実際の経営については、有能でその企業のことを一番よくわかっている人物を信頼して任すということになります。
そのため多くの場合、買収する前から経営者でいる人物にそのまま経営を担ってもらいます。経営者もバフェットに買収されたからと言って経営を離れることなく、喜んでバフェットともに働くことが多いのです。
バフェット自身若い時に自分でガソリンスタンドを経営していたことがありますが、経営はあまりうまくいきませんでした。
投資先の選定は得意だけれど経営自体は不得意だったバフェットにとって、信頼できる経営者に経営を任すというのは自然な発想なのです。
そして株の長期保有が信条のバフェットなわけですから、買収した企業を任せられる有能で信頼できる人物であることが経営者としての条件になります。
バフェットは買収した企業の株は長期にわたって持つことになるわけですから、一緒に働くパートナーとして気持ちの良い人物であることを求めるのです。
そしてそのことが企業業績を好調に保つ最も大事な方法であることを、バフェットは良く知っているのです。
株式市場が高騰しているので引退を考える
バフェットの信託における報酬体系は一般のファンドマネージャーとは異なります。
普通のファンドマネージャー(FM)は運用資産の絶対額に対して~%かの報酬をもらうという形が多いのです。
このためFMは株式市場が好調なときに運用資産を増やそうとします。
それに対してバフェットは、年率のリターンが六パーセントを超えない限り報酬を受け取らないシステムになっています。
なので株式市場が好調で割高な株しか残っていないときに投資をしても、バフェットの報酬は増えないのです。
1967年ごろからの株式市場は好調だったために、バフェットの投資先は枯渇していました。
そのころバフェットは35歳前後でそれまでの運用の成功によって十分な運用資産を持っていました。
そのため豊富な資産に見合うような投資先となる大きな会社の数は限られていたのです。
成功した投資家のジレンマと株式市場の熱狂的な高騰によってバフェットは引退まで真剣に考えるようになります。
必然的に乗り込む車(到底の企業や株式)が何であるかは重要ではなくなる(ほとんど付随的なものにすらなりうる)という恐ろしい事態が生じているのです。
このころのバフェットは投資先がないまま膨大なキャッシュポジションを忍耐強く維持し続けることになります。
株式市場が好調ゆえに引退を考えるということは、逆に株式市場が低迷しているときにバフェットはハッスルするわけです。
なぜならバリュー投資家の好物である割安株が市場のそこかしこに投資家に投げ捨てられ落ちているからです。
1969年に一度ダウ平均株価はピークを迎えた後、一度70年中盤にかけて大きく下落します。そのあとはぶり返して73年に熱狂的ともいえる株価の高騰を迎えます。
しかし74年に入ると一度下げてあげると、今度は一気にダウ平均で50%もの下落率を記録するのです。
ついにバフェット待ちに待った季節がやってきたのです。
バフェットは当時インタビューで株式市場について聞かれてこう答えています。
ハーレムに囲まれた性欲にあふれる男のような気持ちです。今こそ投資を始めるべきです。
市場の動きと同調して一喜一憂せず冷静にバリュー投資法を貫く姿勢こそ、見習うべきバフェットの投資哲学です。
将来もどの市場でもバフェット流投資法は有効なのか
バフェット関連の本を読みたいと思う最大の動機は、バフェットの手法が現在でもまた将来でも、またどの市場でも(日本マーケットでも)通用するのかどうかということでしょう。
バフェットの投資手法は時間とともに変わっているようで変わっていませんし、変わっていないようで変わっています。
なんだか答えをはぐらかしているようですが、そう答えるのが読んだ後での率直な感想になります。
バリュー投資というのは会計上の数字を丹念に読み込みスクリーニングしますので、この定量分析の部分はいつの時代でも変わらない投資法だといえます。
問題はそのスクリーニング後の定性的な評価です。この定性的な評価でバフェットはいくつか考えを改めているのです。
言い換えると定量的な分析ではほかの投資家との違いは生まれません。
バフェットを世界一の投資家に押し上げた理由は定性的な評価での天才的なひらめきです。
私は自分が主に定量分析学派に属していると考えてきましたが、ここ数年思いついた素晴らしい投資アイデアは、自信を持って見抜くことができた定性的側面をかなり重視したものです。
近年でもバフェットは自分が理解できない分野の投資はしないという考えを改め、IT業界の雄アップルの株を大量に購入しました。
バフェットはバリュー投資の定量的分析を土台としながらも、時代とともに定性的評価については節目節目で大きく考え方を変えているのです。
同じバリュー投資を重視していても投資家によって選ぶ銘柄が違う
面白いのは同じバリュー投資を信条とする投資家の間でも選ぶ銘柄がかなり違うことです。
バフェットが”グレアムドット村”と呼ぶバリュー投資を信条とする投資家のサークルがあります。
このグレアムから直接教えを受けたドット村の住民が8人いたそうです。
バフェットはコロンビア大学での講演でこれら8人のバリュー投資家を取り上げて解説したのですが、彼らの保有銘柄は全く違っていた上にその投資スタイルも異なっていたのです。
これが意味しているのは、投資は定量分析=科学と定性分析=アートの融合した世界だということだと思います。
どちらをないがしろにしても成功はおぼつかないのです。
定量的分析で安全性マージンをしっかりとりながら、定性的分析でライバルに差をつけるというのが投資の世界のキモなのだと思いました。
バフェットが世界一の投資家になった最大の理由
それではバフェットが世界一の投資家になることができのはなぜでしょうか。
バフェットに関する本はたくさん出版されていますが、その狙いはまさにこの疑問に答えようとして書かれたものです。読者の興味もそこにあるわけです。
僕なりの答えは、ダイエットのときにもいいましたが、それはバフェットが時間を味方につけたからだと思います。
この本はバフェットの投資人生の前半期に焦点を当てています。驚くべきことにバフェットが人生で初めての株を買ったのは11歳の時です。
それまで6年間!働いて貯めた貯金とともに姉に頼み込んで一緒に投資してもらい、シティサービスという会社の株を六株購入したのです。
彼は38歳の時に真剣に投資の世界からの引退を考えました。市場環境が熱狂していてバリュー投資に適した企業を探し出すことが難しかったのです。
その時すでにバフェットの資産は残りの人生を遊んで暮らせるぐらいにまでなっていました。一億ドルですから日本円で100億円ですね。
それからバフェットはさらに半世紀近く投資生活を送り、今でも現役の投資家です。
現在のバフェットの資産額は9兆円規模にまで膨れ上がっています。バフェットの現在の資産の99%は50歳以降に積み立てられたものです。
長期的な投資法には人間としての物理的な寿命も必要になってきます。バフェットはその点においても卓越しているのです。
人生で大きな病気をしたこともなく、数年前に前立腺がんを患ったのみで、87歳の今でも現役の投資家です。
11歳からの投資人生ということを考えると投資家歴は76年ということになります。
長期投資の哲学に見合った長期の投資歴、いくつになっても資産家になっても失われない投資欲と好奇心、旺盛な食欲と健康な身体、そして信頼できる仲間たちとの良好な人間関係、それらすべてが長期の関係を志向しているわけです。
人生哲学、人間関係、ライフサイクルが長期を前提として最適化されている、それがバフェットなのです。
ダイエットコラムでも書きましたが(二度とリバウンドしない習慣化ダイエットで人生を変える【11】)、バフェットの言葉は示唆的です。
Time is the friend of the wonderful company, the enemy of the mediocre.
良い会社の株を買えば時間は味方になってくれるけれど、平凡な会社だとそうはいかない。
長期投資とは時間を味方につける投資法といえると思います。
そのためにはリターンを急いではいけません。急いで儲かるのは証券会社と税務署だけです。
そのためには早期に投資を始めること、元手がないなら多くの仲間から信頼されるような能力と人格をもった人物になること、つまり自分へのたゆまぬ投資が必要です。
バリュー投資はそこから始まっているのです。
他人からの資金を預かるということは、成功への確信がないといけません。人に説明できない投資は係争のもと、自己の評判を落とすことにつながります。
バフェットのファンドのパートナーたちの多くは親しい仲間や親族でした。彼が失敗することは、彼の最も親しい人たちに迷惑をかけるのです。
バフェットが近年開発された数式だらけの難解な投資法を嫌うのもそのためです。お金を託してくれたの人もわかる言葉で説明ができて、理解してもらえる投資法でなければなりません。
信託とは投資判断をする人間を信じて自分のお金を託するものです。その役職にバフェット以上の人物はいないでしょう。