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『うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった』藤川徳美著 光文社新書
うつやパニック障害は一般的には心療内科の仕事だと思われています。
実際に、この本「うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった」の著者藤川徳美さんは、精神科専門の医師で、広島で心療内科を開業されている方です。
しかし藤川医師が自院で患者さんに処方するのは、主に栄養療法です。
先生が、女性患者を診る中で、ある事に気が付きました。
それは、フェリチン値を測定すると、その値が著しく低い患者さんがいることです。
フェリチン値とは、どれだけ体内に鉄分がストックされているかの値になります。というのもフェリチンとはたんぱく質の一種で、鉄と結合して構成されているからです。
つまりフェリチン値の検査は、鉄分不足かどうかを判定する検査になります。
鉄分不足が心療内科とどう関係するのかと、いぶかしがる人も多いと思いますが、鉄分が不足すると、動悸が激しくなったり、朝起きられない、慢性疲労などの症状がでてきます。
これは鉄分が、脳内の神経伝達機能を円滑したり、ヘモグロビンの中の入って酸素を全身に運ぶ役割を担っているからです。
このような症状を持つ患者さんが心療内科を受診すると、動悸が激しくなることがパニック障害であると診断されたり、朝起きられない、慢性疲労となると今度はうつ病が疑われたりしてしまうのです。
藤川先生は、医院に来たうつやパニック障害に悩む女性患者さんを対象に、血液検査を実施して、フェリチンの値を調べたところ、著しくその値が低いことがわかりました。
そして、抗うつ剤や精神薬の代わりに、鉄分を補給するような食事療法や、鉄サプリメントの処方、ひどい場合は鉄分注射を行うことによって、ほとんどの患者さんの症状が改善されたのです。
この経験によって、藤川先生は、多くの女性のうつとみなされている症状が、ストレスからではなく、鉄不足から来ていることを確信したのです。
なぜ先生が心療内科の医師にもかかわらず、栄養学に目を向けるようになったかといえば、先生自身が体重増による体調不良で悩んでいた時に、糖質制限食に出会ったからです。
糖質制限をすると、体重が減り、以前より元気になって、花粉症の症状も収まったといいます。
その効果に驚いた先生は、それまで関心の対象外だった分子栄養学に目を向けるようになったのです。
この本『うつ・パニックは「鉄」不足が原因だった』は、藤川医師による、特に鉄不足によって体調を崩してしまう若い女性や、鉄不足の認識がうすい医療の専門家に対する啓もうの書です。
日本女性の深刻な鉄分不足
フェリチン値の”欧米”での目標水準は100ng/ml以上ですが、日本女性の鉄分の摂取状況みてみると、その不足は深刻なレベルにあるといいます。
◆女性患者の初診時のフェリチン値
10以下・・・87人 40.1%
11~30・・79人 36.4%
31以上・・・51人 23.5%
*2014年の初診患者の女性のうち15~50歳の217人のデータ
このデータをみると、ほとんどの人が欧米の基準値に達しておらず、ほとんどとれていない人が8割近いということがわかります。
また年齢別のデータを見ると、20代女性よりも30~40代の女性のほうが深刻な不足状態に陥っています。
これについて先生は、妊娠・出産によるものだと考えています。
妊娠や出産で胎児のほうに母親の鉄分が移行してしまうからです。新生児のフェリチン値は200~300もあります。
欧米での基準値といいましたが、日本の基準値は欧米のそれよりも低く設定されています。
現在のところ、日本の基準値は、男性で21~282ng/ml、女性で5~157ng/mlとされていますが、先生はこれでは下限値が低すぎるといいます。
女性は特に出産体験なども考えると、やはり欧米基準に合わせて、100ng/ml以上を目指すべきだと思います。
また日本の大多数の検査機関では、血液検査でも赤血球数(RBC)とヘモグロビン値(HGB)は計りますが、フェリチン値までは計りません。
確かに、献血での血液検査でも、フェリチン値の項目はありません。
献血の血液検査の調査項目は、日本赤十字の血球計数検査ページに公開されていますが、フェリチン値の項目はありませんね。これに加えて、
日本人女性の鉄不足患者のうち、大多数は、ヘモグロビン値は正常値を示す「貧血を伴わない鉄不足」ですから、見落とされてしまうのです。
フェリチン値は赤ちゃんの時が最も多く、12歳ぐらいまでは100~300で推移しますが、女子の場合は生理のために、それ以降は激減していきます。
健康な女性の場合、一回の月経で失われる鉄は約20~30mgとされています。
この他、第二次性徴によるホルモン合成の活発化などにより、原料となるたんぱく質やミネラルが消費されますので、鉄はどんどん枯渇して、最終的に30mg以下になってしまうのです。
若い女性が献血を控えたほうが良い理由
藤川先生は、若い女性が献血することにも警鐘を鳴らします。
女性への注意として、一つお伝えしておきたいことがあります。それは、できれば10~40代までの女性は、献血はしないほうが良いということです。
若い女性が献血をすると、その後もとの鉄分量に回復するまでに、毎日鉄剤を服用したとしても、半年はかかるという研究もあるからです。
自分も献血は自分の体調を知るための良い習慣になるといったことがありますが、女性の現状の鉄分不足が深刻な状態にあり、また先ほど言いましたように、献血による血液検査でフェリチン値は測定されないからです。
このため、鉄不足の客観的把握のないまま献血を行うことは、自分の健康を損なうことにもなり、お勧めできません。
もちろん、日頃から鉄分補給をしていて、血液検査などでフェリミン値を把握して、下限値をしっかりと越えているのならば、やられるのはとてもいいことだと思います。
将来的には、献血の際の血液検査でも、フェリミン値を計れるようになればいいと思います。
現代の日本人女性が鉄分不足に陥る理由
欧米では、過去に鉄欠乏症貧血が多発した経験があり、その教訓から様々な対策がされています。
例えば、欧米を中心とした50ヵ国においては、小麦粉にあらかじめ鉄分を補給するなどの準備がされています。
日本人女性も昔は鉄分を知らず知らずに摂っていたため、現代ほどの鉄分不足になっていなかったといいます。
それは例えば南部鉄瓶などの鉄器を使ってお茶を飲む習慣があったからです。
鉄瓶を使ってお湯を沸かすと、鉄器内部の鉄分がお湯に剥離して、鉄分を摂取できるのです。
鉄といっても2種類あり、ヘム鉄と非ヘム鉄に分かれます。ヘム鉄は二価鉄、非ヘム鉄は三価鉄で、二価鉄は動物性たんぱく質に含まれており、三価鉄は植物性たんぱく質に含まれています。
ヘム鉄は非ヘム鉄と比較して吸収率が高く、非ヘム鉄はビタミンと一緒でないと吸収できないのに対して、ヘム鉄はそういうことがありません。
鉄瓶から摂れる鉄はヘム鉄なので、鉄分を効率的に摂取することができたのです。
急須などは、内部がホーロー加工されているものが多く、加工されていると鉄分は摂取できません。
また、以前は鉄分摂取の王様といえば”ひじき”でした。
しかし、現在のひじきの鉄分含有量は大きく下落しているといわれています。
というのも、昔のひじきは海でとれた海藻を鉄釜で煮て渋みをとっていたのですが、その際に釜からでる鉄分が付着することで、鉄分の含有量が多かったのです。
しかし、最近はステンレス製の釜で煮だくようになったので、鉄分の含有量が著しく落ちてしまったのです。
昔の日本人は鉄製の調理道具を普段から使用していたために、意識しないまま十分な鉄分を摂取できていたのです。
糖質制限食が鉄分不足解消に有効な理由
それでは鉄分不足を解消するためにはどうすればよいのでしょうか。
それは炭水化物過剰な食生活から、たんぱく質や脂質中心の糖質制限食もしくはMEC食がやはり良いと思います。
というのも、鉄分が最も多く含まれている食材は、豚や鶏や牛のレバー、牛肉や鶏肉、豚肉などの肉類全般だからです。
そして前に述べたように、肉類に含まれている鉄はヘム鉄なので、植物性のものと比較して吸収率が断然高いのです。
男性が女性よりも症状が軽微なのは、肉類を女性よりもたくさん食べるからです。
他には、煮干し、パセリ、飲み物ならココアや抹茶、お吸い物にしじみやはまぐりなどです。
また手軽に食べられ、鉄分が豊富に含まれている食材としては、卵黄が挙げられるでしょう。MEC食でも言及しましたが、卵1日3個は効果的な鉄分摂取の方法になりえると思います。
また近頃はコンビニなどでも、鉄分補給の飲料やサプリメントが売られるようになっています。
特に身体の不調に悩む若い女性の人は、意識してこれらの商品を選んでみましょう。
運動をすると、そのショックによって赤血球が壊れます。その壊れた分を補充するため、新しい血球を生み出さなくてはならなくなり、体内の鉄分が必要とされて消費されます。
なのでランニングを趣味とするような若い女性の人は、意識して鉄分を補給する必要があります。
また産後うつなども、出産によって胎児に吸い取られた鉄分の不足から起きているケースが多いと考えられます。
体の不調が精神的なものではなく、特定の栄養素不足からきている可能性があるので、まずは血液検査をして、自分が鉄分不足に陥ってないか確認することが大切です。