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『NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く』パティ・マッコード著 光文社
ネットフリックスというと最近は若者を中心にその知名度を上げています。簡単に言えば、世界最大のアメリカのネット専業メディア企業です。
日本でいえば、DMMをもっと大規模にした企業だといえばわかりやすいかもしれません。ただし規模的には比較にならないほどネットフリックスは大きいです。
ネットフリックス(以下ネトフリ)の規模を簡単に説明しますと、時価総額は1700億ドル以上、日本円で20兆円、世界190ヵ国以上で配信事業を手掛け、会員数は一億人以上ともいわれています。
ピーク時の時間帯では全米のインターネット帯域幅の3分の1を占めるといわれていますから、そのすごさがわかろうというものです。
ネトフリという会社はもともとはDVDの郵送レンタル事業から始まったのです。日本でいえばTUTAYAが郵送サービスを行っていましたが、同じものです。
しかしそこからネトフリは映画のストリーミング配信、オリジナルコンテンツ制作へとビジネスモデルを進化させていき、驚異的な成長を達成してきたのです。
私が参画した草創期から今に至るまで、ネットフリックスの事業の性質と競争環境は、驚くほどの速さでめまぐるしく変化し続けている。
日本とアメリカで同じようビジネスモデルから出発した二つの企業がそれぞれ違う道を歩みだしたという事実もとても興味深いものですが、TSUTAYAについては別の記事で紹介していますのでそちらも参考にしてください。
そんな急成長企業ですが、その人事戦略も実は競争社会アメリカでもかなり過酷というか、突出した実力主義と機会主義を貫く企業として知られています。
例えばこの記事(ネットフリックスが誇る企業文化、その光と影)。
この本『NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く』は、創業者のパートナーとして創業より成長を支えてきた人事担当の元幹部パティ・マッコード氏が、自らネトフリの創業期からの人事戦略の変遷と進化を解説したものになります。
現在はパティ氏はネトフリを離れて、人事関連のコンサルティングをしています。
様々な企業のコンサルティングをしている中で、企業が抱えている根本的な問題はどれも似通っていることに気が付きます。
というのもコンサルティングではいつも同じことを聞かれるからです。
どうすればあのネットフリックスの成功を支えてきた、あの俊敏なハイパフォーマンス文化を形成できるのか
この本はこの質問へ回答するために書かれたものです。
ここに書かれている人事制度についての彼女の考え方は、彼女自身の思想や気質がかなり反映されているように思います。
ネットフリックス文化の柱の一つは、「徹底的に正直であれ」だ。幼いころから歯に着せぬテキサスで鍛えられた私も、これをモットーとしてきた。
この本はネトフリの成長の秘密や歴史をひもといたものではありません。
ネトフリの創業期から急成長を経て現在のような大企業になるまで、人事部の中核にいた幹部によるネトフリの人事制度の変遷とその意図の紹介なのです。
すべての職務に最良の人材をタイミングよくそろえる
ネトフリには人事管理に関して3つの原則があるといいます。
- 優れた人材の採用と従業員の解雇は、主にマネージャーの責任である
- すべての職務にまずまずの人材ではなく、最適な人材を採用できるよう務めること
- どんなに優れた人材でも、会社が必要とする職務にスキルが合っていないと判断すれば、進んで解雇すること
ネトフリでは解雇と採用は一対一の関係にあります。解雇のタイミングを考慮することは、優秀な人材を採用するタイミングになるわけです。
同様に優秀な人材を採用するタイミングは、既存の人材を解雇するタイミングになるわけです。
このサイクルの繰り返しで組織は機動性を保ち、変革と成長を続けていけるのです。
ネトフリの人事管理の考え方は、まずビジネス環境は絶えず変化していくため、組織はそれに対応することが求められる。
職務は変化に対して変わっていくので、そのたびにその職務にあった最適な人材を募集することになります。
社内にそのような人材がいなければ社外に人材を求め、社内の人材がいくら優秀でも職務に合わなければ首になるということになります。
そのためネトフリでは人材の入れ替わりが激しく、常に流動的です。
このような”文化”を著者は、”積極的に解雇するネットフリックスの規律文化”と呼びます。
僕自身の言葉でいえば、これは人材のオンデマンド配置ともいうべき人事戦略のように思えます。
必要な人材を必要な時に限って雇用する。その時社内に能力が劣る人材がいるならば、その人材は移籍してもらうということになります。
人材のオンデマンド、機会的能力主義というべき人事制度がネトフリの規律文化を支えているのです。
会社はチームであって家族ではない
ネトフリが必要な競争スピードで自らを変化させていくためにはどんな文化を形成していくのが正解なのかを考えたとき、会社は家族ではなくスポーツチームのようだと考えるようになったといいます。
優れたスポーツチームが常に最高の選手をスカウトし、そうでない選手をラインナップからはずすように、ネットフリックスのチームリーダーも継続的に人材を探し、チームを組み替えていかなくてはならない。
そして、
「会社が成功するためには、チームがどんな業績を上げる必要があるか」ということだけを考えて、採用と解雇の決定を下すよう義務付けた。
ネトフリでは多くのスポーツクラブがそうであるように、良い選手を獲得する一方でその選手のポジションを確保するために、所属していた同じポジションの選手を解雇もしくは移籍させるということになります。
つまりネトフリにおいてはある人材を採用するということは、既存の人材を解雇することとセットだということです。
会社はチームであって家族ではないのだから、新しい人材を外部から採用する際に、既存の人材を配置転換して新しいポジションを用意する必要はないということになります。
というのもパティさんによれば、職務に空きが出た場合でも、内部の社員を移動させるより外部から優秀な人材を連れてきたほうが、多くの場合貢献度が高かったからです。
このようなネトフリの人事制度は確かにメジャーリーグベースボールのMLBの移籍事情と似ているかもしれません。
MLBではシーズン中でも選手間のトレードが頻繁に行われ、今日一緒に試合にでていた選手が次の日には相手のチームでプレーしていたなんてこともよくあるのです。
選手自身もチームへの所属意識や忠誠心よりも自分を高く評価してくれるチームを優先します。
なのでより多くの報酬を支払ってくれるチームへ躊躇なく移籍していきますし、自分よりも優れた選手がほかのチームから来ることになったとしても、それは競争社会のルールとして受け入れているのです。
トップレベルの報酬を支払う価値
ネトフリでも評価と報酬のバランスをどう考えるかについて、ずいぶんと悩んできたといいます。
ある人材の評価から市場価格を算出するのは、市場調査からのデータである程度は可能ですが、その人材に求めるタスクごとに細分化して算出するのはほとんど不可能だからです。
また、そのような市場価格は過去の状況を反映したものであり、将来の価値を表しているものでもありません。
そこで著者が考え出したのは、給与制度と人事考課を切り離すことでした。
著者は、二つの制度を分離させる理由を二つ挙げています。
ひとつは、従来の人事考課制度は非効率で、大変手間のかかるわりには精度が低いということ。
ふたつめは、給与算定の方程式から重要と思われる要素が抜け落ちてしまっているということです。
そこで著者は、給与制度は人事考課ではなく業績だけに連動させることを提案しています。
市場水準に見合った報酬とは、市場レンジ内の決まった水準に固定された報酬ではない。候補者が必要な期限内に達成する仕事の市場価値に基づくべきだ。
仕事の市場評価は特に変化の激しい業界においては時間とともに刻々と変動しています。
なのでその仕事を達成したことによる報酬は時価であるべきだし、時価であるならば過去のデータから導き出される市場報酬は意味をなさないのです。
ネトフリの人事考課で興味深いのは、会社が従業員に他社の採用面接を受けることを奨励していることです。
他社の評価を知ることで、自社での評価と比較検討して会社側もその人材の客観的価値を知ることができるというロジックなのですが、なかなかできることではありませんよね。
また著者は社員に報酬の根拠となるデータを公開すべきだとも言います。
企業は従業員に報酬の根拠を説明する努力を惜しんではいけない。
企業が報酬情報を公開したがらないのは、公開すると社員の間で不満や噂の格好のネタになるからというのもあるでしょう。
パティさんはだからこそ報酬制度には透明性が必要だといいます。
またその仕事で最高の結果をだしてくれるいわゆるスター人材には、最高レベルの報酬を支払うことも大切だといいます。
これはネトフリがグーグルやアマゾン、フェイスブックなどの強力なライバル企業と最高の人材をめぐって争っているからです。
しかし同時に著者は給与水準の高さを”ウリ“”にはしたくなかったといいます。そのため候補者がお金にしか興味がなかった場合は採用しなかったといいます。
なぜなら会社を第一に考える一人前の人材なら、ボーナスの多寡によってやる気を出したり出さなかったりするようなことはしないと考えるからです。
パティさんがこう考えるようになったのは、最も優れた人材はやりがいのある新しい機会を求めていつかは会社をやめてしまうことが多く、それを報酬などで引き留めようとするのは不可能な場合が多かったからです。
スター人材には最高水準の報酬を約束するけれども、そのような人材は報酬よりも仕事のやりがいを求めているというのは興味深い指摘です。
業績連動型報酬制度へのカルト的な情熱
ネトフリの人事戦略について紹介してきましたが、報道されている記事も併せて読むと、ネトフリの人事制度を特徴づけているのは、ここで描かれていることの徹底的な実践にあると思います。
ここで描かれている人事制度は、ある意味アメリカの競争社会における普遍的な価値観を煮詰めたものだといえるでしょう。
この本を読んで感じるのは、ネトフリのような徹底した能力主義はどこから来るのかということです。
一つは変化の激しいアメリカの厳しい競争環境だとおもいます。
ネトフリの競争相手は、DVDの郵送サービスのときはブロックバスター、映画のストリーミング配信ではグーグルのYoutube、オリジナルコンテンツ制作ではディズニーやHBOなど、そのステージごとにアメリカの名だたる企業と競争してきたのです。
そんな厳しい競争環境で生き残るためには、このような人事制度が不可欠なのでしょう。
もう一つは、時価総額が日本でいえばトヨタに匹敵するような規模の企業が大企業病に陥らないようにするためです。
自分自身がネトフリで働きたいかというと、もしそういう機会があればですが、正直なところウーンと思ってしまいますが、短期間で高収入を得ると割り切るなら、ある意味最適な職場環境ではないかと思います。
残念ながらわが国ではデフレ経済が長く続き、企業は賃金を低く抑えようとします。そのためネトフリのような人事制度をそのまま日本にもってこようとすると、単に総人件費を圧縮するための方便として使われる可能性のほうが高くなるのではないでしょうか。
先ほど説明しましたように、ネトフリの人事報酬は業界トップレベルです。優秀な人材にはそれに見合った給与を出し惜しみしない。
そしてその報酬への客観的な裏付けと人事評価の徹底的な透明性をはかるという点で、単なる業績評価主義とは違うのです。
MLBの例えでいえば、シビアな競争環境であっても選手がそこを目指すのは、世界最高水準の報酬と、評価の透明性と公平性が維持されているからです。
日本企業が見習うべき点は多いように感じました。