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『怒らない経営 しがらみを超え、地元を盛り上げる!』大藪崇著 日経BP社

この本『怒らない経営 しがらみを超え、地元を盛り上げる!』の著者は大藪崇さんというのですが、どこからどうみても異色の経歴の持ち主です。
テレビ東京のカンブリア宮殿にも出演されていたのですが、あの村上龍さんが、今までで一番変わっている経営者だといっていたぐらいですから、間違いないですね。
カンブリア宮殿に出られるような経営者は皆さん多士済々で個性的ですから、その中でも変わっているというのは相当な変人だということです。
この本の題名の通り、誰から見ても大藪さんはひょうひょうとした人柄の方です。自分はテレビを見ただけでそう感じたのですから、実際に会った人や働いている人から見たらそうなるのでしょう。
そのことは大藪さんも自覚されてるようですが、しかしそれでも怒りの感情というものについて常日頃から自制されてもいるようですから、本当に人間ができている人なのでしょう。
怒りの感情とは、元をたどれば自分に責任があると思う。実際、自分が悪いから怒ってしまう状況を作っていることが多々ある。
怒らない人が、怒らない経営をする、当たり前の話です。
でも大藪さんが怒らないのは人柄だけではありません。そこには次のような考え方があります。
うまくいくときも、そうでないときもすべて自分の責任だ。
だから、結果が出なかったときもそれを受け止めて、自分の至らなさを自覚しながら、淡々と未来に向かうというのが大藪さんの人生観なのです。
なんだか達観していて、人生の酸いも甘いも噛み分けたような壮年の方の人生観のように思えますが、大藪さんは幼少このころからこういう人生観だったようです。
これは真似できるものでもなく、まさに大藪さんの生来の性格から来るものなのだと思います。
大藪さんはもともと広島の福山出身なのですが、大学が愛媛大学だったので、それからずっと愛媛に住んでいるのです。
以前の何でもかんでも本のタイトルに『~力』とつければいいという風潮に従えば、この本のタイトルは『自制力』と読み替えてもいい本だと思います。
学生時代のパチンコが教えてくれたこと
大藪さんは決して学業に励む良い学生ではありませんでした。いやむしろ、パチスロに命を懸けるて熱中する”悪い”学生さんだったようです。
しかし、このパチンコでの経験が後の投資活動にも効いてくるのです。
パチンコというと一人で黙々とやるようなイメージがありますが、大藪さんの攻略法はそれとは違います。
勝つための大きなポイントは、基本的に一人ではなく何人かと組んで一緒に動くことだった。
そのため、いつも大学の友人2~5人と一緒に、いい台を求めてパチンコ店を回っていたそうです。
そしてダメな台だとわかったらその時点で打つのをやめ、当たり台だとわかったら閉店まで粘って打ち続けるというやり方です。
そして最終的に全員の収支を計算し、利益がでたら全員でをそれを均等に配分し、負けが出たら全員で均等に負担するという、もはや小さな企業体のような方法です。
大藪さんは意識してか知らずか、ここに起業家としての萌芽がみられますね。
パチンコで大藪さんが得た教訓は大きかったそうです。それは勝っても負けてもすべては自分の責任だと受け止め、冷静に勝つための戦略を考えたことです。
信念を持って動けば「常識」も覆せることは、私のモノの見方の基本となった。
その後、個人投資家として株式取引の世界に入っていきます。そこで持ち金35万円から15億円!まで増やす、大成功をおさめます。
そのノウハウについては本書を読んでほしいと思います。
迷ったらスタッフのモチベーションが上がるほうを選択する
大藪さんの会社エイトワンは本社は松山市にあります。
大藪さんは社長としての自分の仕事を、社員が一人ひとり前向きで仕事に取り組める環境づくりをすることだと思っています。
社長が社員を叱って社員が委縮すれば、うまくいく事業もうまくいかなくなるからです。
知人からの紹介で、道後温泉本館近くにある築2年の客室はわずか6室という新しいホテル「道後夢蔵」を引き継いだのですが、引き継いだホテルの従業員は半年で全員辞めたそうです。
20代でいきなり個人投資家からホテル事業家に転身したのですから、最初うまくいかなかったのも当然かもしれません。
大藪さんはこの原因を、自分が未熟だったせいだといいます。地元を盛り上げるという意識はありましたが、そのための具体像が見えていなかったのです。
そこで大藪さんはスタッフを引き連れて、西日本の有名旅館を泊まり歩いたそうです。
その体験から、
「その土地に根差したサービスこそが、顧客の心に訴えかけるのではないか」
と考えるようになったのです。
そのため、ホテルで出される料理には土地の食材を優先的に使うようにして、またメニューもそれまでは東京の著名料理人に頼んでいたのを、自分たちで考えるように変更したのです。
料理を任せるようになってから、現場のモチベーションがあがり、生き生きと働くようになったといいます。その結果、顧客満足度も上がったのです。
この経験から、大藪さんは経営の判断の軸をつくることができたのでした。それは、
迷ったときはスタッフのモチベーションが上がるほうを選択する
大藪さんは、経営に携わって感じたのは、トップは日々判断することが思った以上に多いということでした。
そのため、判断の軸をしっかり持っていないと、迷ってしまって経営にならないという事実です。
この迷ったときはモチベーションの上がるほうを選択するというのは、それからの大藪さんの貴重な経営の指針になったのです。
大藪さんの人事評価についての考え方も彼らしいものです。
「重視しているのは能力ではなくて人間性だ。そのことを意識してほしい」
実際、スタッフが働きやすい環境をうまくつくっている社員は、売上を上げるのもうまいそうです。
大藪さんは、経営の結果はすべて経営者である自分にあるとしたうえで、社員一人一人が「一生懸命」になってもらうおうとします。
「失敗したとしても責めない。一生懸命サービスしてほしい」と毎日のように伝えた。
すぐには業績には結びつかなかったそうですが、株式投資からの収益もあり、3年たつと客室の稼働率も高まり、客室単価も道後近辺では最高水準まで上がったのです。
道後温泉で顧客を囲い込まずに開放する
大藪さんは、引き継いだホテル事業で経験を積んだ後に、今度は全く新しい宿泊施設をオープンさせます。それが「道後やや」です。
問題は温泉地にありながら、新規参入のために温泉をひくことができないということでした。
開湯1000年の歴史がある道後温泉に、いきなり若者が新規参入してお湯をひかせてくれといわれても、旅館組合が戸惑うのはある意味当然のことでした。
そこでいきなり組合に申請するのはやめ、加盟もしませんでした。
それより何年かかっても、まずはこの事業が道後温泉全体にとって利益となることを、周りに理解してもらおうと思ったのです。
そのためには既存のパイを食い合うようなやり方ではなく、新規に顧客を創造し、パイを広げる施設にする必要があったのです。
道後温泉の既存の施設は、宿泊施設ごとに食事から温泉までを備えていて、内部で完結するような形態が多かったのですが、大藪さんはせっかく新しい施設なのだから、新しい発想でやろうと思ったのです。
それが「外湯」の発想です。
新しい施設を建設する場所は、「道後温泉本館」やもう1か所の浴場である「椿の湯」からそれほど遠くない。その間をぶらぶらと歩きながら出かけてもらい、温泉街全体を楽しんでもらったらどうか。
温泉が引けないことを逆手にとっての発想です。
内湯がない代わりに、リーズナブルな値段設定にして、これまでより気軽に楽しんでもらおうと、特に女性客をターゲットにしようと考えたのでした。
外湯にするなら、顧客は外で食事を楽しむので道後温泉全般にお金が落ちます。
温泉地を点で捉えないで面で捉えることで、温泉地全体が活気づくわけです。
そして街中を女性がみかんの浴衣を着て歩いてくれることで、華やかに色づくわけです。
大藪さんの取り組みは徐々に周囲にも認められて、運営から3年以上たった時に、組合からはいらないかと声をかけられるようにまでなっていったのです。
地方で若者が事業を起こすということ
デフレ時代が続き、残念ながら地方が疲弊し、東京への一極集中が進んでいます。
大藪さんの事業目的は、利益が目当てではなく(それなら得意の株式取引で十分)、自分を育ててくれた地元に恩返しをして盛り上げることです。
大藪さんは地方創生はあくまでも自力が基本だといいます。そして地域の特徴を生かすことにつきるということです。
その街でしか生み出せない価値を徹底的に磨き上げる必要がある。
地方都市のロードサイドもどこにでもある全国チェーンや大型スーパーばかりになってしまい、商店街もさびれて久しいですが、その原因はそこにしかないお店がないからだといいます。
例えば、疲弊している商店街でも、そこでしかできない体験があるならば、ビジネスとして可能性はある。
地方の問題点として挙げられるのは、ハードはあってもソフトがないことだという声が聞こえます。
言いかえると、作業する人はいても発想する人、考える人がいないということです。
そのため数年前に東京で流行ったような、どこかで見たようなコンテンツが遅れて地方で真似されて出てくるのですが、それでは他からは人はやってきません。
事業を手掛けるにあたって、誰かに頼ってはいけないと気づき、「ほかの人の発想に乗るのではなく、うまくいってもそうでなくても自分でしっかり考え、切り開いていこう」と決意した。
エイトワンのブランドの一つである愛媛ミカンの10ファクトリーも商店街の中にありますし、その見せ方や斬新さで人目を惹く店舗になっています。
また同じ志を持つ仲間も必要だといいます。
一店舗なら難しくても、数店舗の店主が協力しあえば再生は可能ではないかと考えるからです。
パチンコでも仲間と一緒に攻略していった大藪さんらしい発想だと思います。
大藪さんの著書を読んで感じるのは、人生の節目で他人から見れば大きな危機的状況にあったとしても、本人はそれを受け止めながら冷静になってできる範囲で淡々と活路を見出しているということです。
そのような姿勢は、例えば経営しているホテルのHPにも表れています。
大藪さんがコンセプトから考え新規開業したホテル「道後やや」のHPをみると、施設案内のところに、「構造上の問題」についてと題してある注意書きがあります。
部屋の窓が小さくて圧迫感があること、場所がわかりにくいこと、大浴場がないなど、建物の構造という解決の難しいハードの問題について、正直に前もってお客さんに告知しているのです。
泊ったもらった後でがっかりさせたくないという考えもあると思いますが、なかなかできることではなく、大藪さん自身の誠実な人柄を感じさせます。
こういうところを見ても、大藪さんは、強い風が吹いてもしなって受け流す柳の木のような方だなと思いました。
そしてただ受け流すのではなく、そこからなにがしかの教訓を得て、それを次の機会に生かしているです。