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『ブランドのはじめかた 5つのケースでわかった経営とデザインの幸せな関係』中川淳/西澤明洋著 日経BP
中川政七商店というとここ10年でとても成長している奈良の老舗の雑貨屋さんです。
その成長をけん引してきたのが今回紹介する本の著者である現会長の中川淳さんです。
また共著者としてエイトブランディングデザイン代表の西澤明洋さんも加わっています。
『ブランドのはじめかた 5つのケースで分かった経営とデザインの幸せな関係』の表題からわかるように、この本は中小企業を主に対象としたブランディング戦略指南について書かれています。
この本が独特なのはブランディングにおいてデザインの重要性を経営との関係で論じていることです。
なので経営者である中川淳さんとデザイナーである西澤明洋が共著者となっているのです。
この本では具体的な企業の取り組みについて紹介しています。
クラフトビールメーカーのCOEDO、抹茶カフェのnana’s green tea、陶磁器ブランドのHASAMI、中川政七ブランドのkisaraなどです。
具体的な取り組みについては本書をご覧いただくとして、ここではお二人のブランディングに資する経営とデザインの考え方について紹介してみたいと思います。
ブランディングとは差別化である
二人はブランディングとはまずなによりも差別化だといいます。
そしてブランドに差別化が必要なのは日本の市場の成長が止まり成熟化しているからだといいます。
簡単に言えば、消費者にとってすべてのものはとりあえずは間に合ってしまっている状態なのです。
業界人ならうなってしまうような技術による差異も、残念ながら消費者からみれば購買につながらない微差に見えてしまいます。
こういう市場にあっては大事なことは、ほかとはどう違うのかを伝える努力と手段が大切になってきます。
差別化はフォーカスから生まれる
その取り組みにとって大事になってくるのは、今までのようなハード偏重の考えを改めて、企画、コンセプト、デザインなどのソフト面による差別化を重視することです。
そしてそのためには商品の特徴を絞り込むことが必要になります。
フォーカスするということは絞り込むことです。一つのことしかやらない、そう決めることです。思い切ってほかの可能性を捨て、一点集中することです。
特に中小企業は経営資源が限られており、余計なことに資源を分散化している余裕はありません。
小さな企業ほど経営資源をフォーカスしていかなければ市場では生き残っていけないのです。
そしてこのフォーカスという考え方はブランド形成のすべての局面で要求される概念なのです。
ただし気を付けなければならないのは、商品についてはそれ自体に”ウリ”があるかどうかは致命的に大事になってきます。
それがモノであれ場であれ、そこにウリがあることで、デザインや企画次第で大きく伸ばしていくことが可能になるのです。
つまりウリがある商品はデザインや企画でレバレッジがかけやすいのです。
逆に言えばどんなにデザインや企画が優れていても、その商品自体にウリがなければその効果には限界があるのです。
デザインを評価する3つのポイント
さてそれではブランドを体現するデザインをどのように評価すればよいのでしょうか。
二人は次の3つのポイントをあげています。
- コンセプトが差別化ポイントとして表現されているか
- すべてのブランドアイテムが一貫性をもってデザインされているか
- ディテールまで完成されているか
この3つの中で一番大事なのが一番目のコンセプトが差別化ポイントとして表現されているかだといいます。
明確なコンセプトがあるブランドには思想性が感じられるといいます。まずデザインにその思想性が表現されているかが大事なのです。
そして意外にも思われるかもしれませんが、そのデザインを言葉で説明できなくてはならないといいます。
明確なコンセプトに基づいてデザインされているのであれば、コンセプトから表現のつながりを言葉で表現可能なはずだからです。
次に二つ目のすべてのアイテムが一貫性をもってデザインされているかですが、これは現在なかなか遂行するのが難しくなっているのは事実です。
というのもデザインのアイテムはウェブサイト、商品、店舗デザイン、広告など多岐にわたっており、それぞれを担当するデザイナーもわかれていますので、デザインの素人である経営者が統一的な運用をさせることが難しいからです。
そこで著者の二人はブランドアイテムのトータルデザインを担当する責任者をできれば選任することが望ましいといいます。
それが後で述べるブランドマネージャーというブランディング専門の担当者です。
最後にディテールまで注意を払うですが、これはデザイナーしかわからないと思いがちですが、一般消費者にとってもディテールが追及されていないと、なんとなく完成度が落ちておかしく感じるものです。
ディテールの完成度はブランドの”品格”をつくるのとでも言うのでしょうか
この品格というのは、デザインに詳しくない消費者でも店頭に並んだ商品を見れば何となく感じ取るものだといいます。
なので経営者はデザインのことはわからなくても、ディテールの完成度に関してはあらゆるアイテムに関して意識を張り巡らしておくことが必要だといいます。
ブランドの育て方
コンタクトポイントを重視する
例えばメーカーなら商品がブランドを体現するすべてのものだと思うかもしれません。
しかし現代では消費者はちょっとパソコンで調べればメーカーのサイトにいけますし、そうなると消費者がそのブランドを感じるとるのは商品だけではないことになります。
そう考えると消費者が接触するポイントそのすべてにデザインの統一性と完成度を求める必要が出てくるのです。
またメーカーだからといって店舗でのスタッフ対応もブランドを体現する存在だといえます。
中川さんはスタッフによく言う言葉があります。
それはスタッフの行動は「商品から透けて見える」ということです。
商品を作るのに多くの人がかかわることになりますが、その人たちの行動は消費者からは実際には見えません。
しかし商品を通じてスタッフ一人ひとりの行動が透けて見られているという感覚を持っていないと、ブランドにはなりえないと考えています。
ブランドマネージャーの重要性
ブランドコンセプトは商品の中だけじゃなく、人の中にも体現されているという話をしました。
そのブランドコンセプトを擬人化したのがブランドマネージャーという存在です。
ブランドマネージャーの仕事は、機能別の部署の垣根を越えて、関わる全ての人にブランドらしさとは何かを説き、そのブランドらしさを浸透させることです。
商品もインテリアも店舗もスタッフもブランドらしさに従って同じ方向を向いていなければなりません。
その整合性と方向性を維持していくのがブランドマネージャー(BM)の仕事なのです。
BMの権限は部門長以上にする必要はありませんが、少なくとも部門長と対等にすべきだといいます。
しかし中小企業では社長が事実上のBMの仕事を兼ねている場合が多く、この場合はBMの権限が強すぎて素人にもかかわらずデザインの細かいところに手を出したり弊害もでてきますので注意が必要です。
インナーブランディングの重要性
ブランディングというと対外的に発信するものだと思いがちですが、ブランディングには人が介在する限り、社内のスタッフ一人ひとりがブランドコンセプトを体現するものでなくてはなりません。
そこで必要になってくるのが社内ブランディングの重要性、つまりインナーブランディングです。
ブランドコンセプトをスタッフ一人一人が体現するには、コンセプトを理解させるための手続きが必要です。
ブランドに関わる全ての人がブランドを体現するというのは本当に難しいことです。これができればそのブランドは成功したといっても過言ではないぐらいです。
そのためには時間とお金の多くを割かなければなりません。
中川政七商店での取り組みを紹介すると、ブランドコンセプトを行動指針から業務レベルの行動までかみ砕く必要があるといいます。
そのために中川商店ではブランドコンセプトを意識させるような心がけを記述した「こころば」「しごとのものさし」といったブランドブックと呼ばれる冊子を用意して、スタッフにことあるごとに読んでもらうようにしているそうです。
とはいえただそれを読んでくれといってもそう簡単にいきません。
BMが自分の言葉でかみ砕いてスタッフにそのたびごとに語り掛けていかないといけませんし、そういう機会を会社側で設けなければなりません。
また人事考課の機会も大事です。
中川商店では人事考課は社員を評価する場だけではなく、会社の求める行動指針を確認する場としても活用しています。
中川さんはいいます。
社長やブランドマネージャーより現場の販売員のほうがブランドに対する寄与度が圧倒的に大きいということを忘れてはなりません。
自分が訪問したことのある中川ブランドは、奈良町にある麻商品を取り扱っている游中川となんばパークスにある中川政七商店ですが、スタッフさんの対応にそのことを確かに感じました。
つかずはなれず丁寧で上品で気持ちのいい対応をされます。それは社員、アルバイトで違いはありません。
この「ブランドのはじめかた」という本は初版が2010年ということですこし古くなっています。
同じようなテーマで「経営とデザインの幸せな関係」という本が新しく出されているので、関心を持たれた方はこちらのほうをお勧めしたいと思います。